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「小さな家で暮らす」と聞くと、ミニマリストの丁寧な暮らしを想像する人が多いかもしれません。
うちは違います。
大人3人、子ども3人の計6人。実家に同居しています。選んだというより、消去法でここにたどり着いたというのが正直なところです。
「小さな家」は選択ではなく、現実だった
子どもが3人いる家庭が、都内で5人以上が暮らせる家を借りるとどうなるか。
実家の近くで探しても、家賃は軽く20万円を超えます。
一方で、子ども3人を育てるには、これから教育費も食費もどんどん増えていく。特に双子ボーイズは生まれた時から食欲旺盛です。将来の支出を考えれば、今の住居費はできる限り抑えたい。
そしてもう一つ。幼稚園児1人と2歳の双子を抱えながら自営業をするには、子育てを手伝ってくれる人が物理的に近くにいることが不可欠でした。
家賃、子育て、将来の支出。この3つの方程式を解いたら、答えは「実家で同居」だったのです。
狭さは「問題」ではなく「条件」として扱う
住み始めてすぐ気づいたのは、「狭い」を問題だと思っているうちは、ずっとストレスが続くということです。
広い家に引っ越す予定はない。ならば「狭い」は変えられない条件であって、解決すべき問題ではない。
この発想の切り替えだけで、だいぶ楽になりました。やるべきことは、狭さを嘆くことではなく、この条件の中でどう心地よく暮らすかを考えること。
6人で猫の額の家に暮らすための、5つの工夫
特別なことはしていません。ただ、意識しているのはこの5つです。
1. 「自分だけの場所」を家の外につくる
狭い家で6人が暮らすと、物理的に一人になれる場所がありません。
だから私は、シェアラウンジやカフェを「もう一つの部屋」として使っています。お金はかかりますが、これは浪費ではなく精神的な家賃だと割り切っています。
2. 「共有スペース」と「聖域」を分ける
リビングやキッチンは共有。でも、自分の部屋のなかは、口を出さない・出されない。
この線引きは、同居のストレスをかなり減らしてくれます。簡単なようで、特に親子間ではなかなか守られません。意識的にルール化することが大事です。
3. モノの総量を「面積」で決める
「いるかいらないか」で判断すると、たいていのモノは「いる」になります。
うちでは「この棚に収まる分だけ」「この引き出しに入る分だけ」と、面積で上限を決めています。考える基準がシンプルになるので、迷う時間も減ります。…とは言え、引越し直後の今は机上の空論状態ですが。しかしこれを考えるのは必須だと思います。
4. 生活音への期待値をそろえる
狭い家では、音が筒抜けです。子どもの泣き声、電話の声、テレビの音。
「静かにしてほしい」と思うとストレスになりますが、「この家では音が聞こえるのが普通」と全員で共有するだけで、だいぶ違います。私は子どもたちの大声や泣き声はだいぶ慣れてしまいましたが、たまーに来るだけだった母はそうはいきません。子どもが増えた頃の初期の私のように、子どもが泣いていること自体がストレスになっているようです。
しかし、子どもって泣くのが仕事です。それに、きょうだいがいればこそ、人との関係性が育まれる部分もあるのではないでしょうか。つねったり引っ掻いたりしたら痛いんだ、ということを経験を通して学んでいく。それって思っている以上に大事なんじゃないかと思います。
私が大学生の頃、住環境コーディネーターの試験のために問題集を見ながら電車で勉強していた時のことです。隣に座った見知らぬ大学生らしい人からこんなことを言われました。「自分は医学を勉強してるんですが、今の若い人たちはきょうだいが減って喧嘩をしなくなったために痛みというものを知らない人が多くなっていて、力加減がわからないんです」なぜ急に私にこんなことを言ってくれたのかわかりませんが、妙にその言葉が私の中に残っています。思えばあれからもう20年以上経っているなんて…ちょっと話がそれましたね。
もちろん心穏やかに過ごすための工夫は必要だけれど、きょうだい間のいざこざも、豊かな人間関係だったり、相手を思いやったり、想像したりする力が育まれるのではないかと思います。そう考えると、「泣かせないように」と自分にプレッシャーもかかりませんし、大人がどっしりと構えられると思います。
5. 「出る時間」を意図的につくる
狭い家にずっといると、息が詰まります。これは誰のせいでもなく、物理的な問題です。
散歩でも買い物でも公園でもいい。家から出る時間を「サボり」ではなく「メンテナンス」として組み込む。これだけで、帰ってきたときの気持ちが変わります。
「仕方なく」から始まっても、心地よさはつくれる
正直にいえば、この暮らしは理想形ではありません。
でも、理想の家に住めないことと、心地よく暮らせないことは、イコールではないと思うのです。
狭い。うるさい。一人になれない。それでも、条件を受け入れて、一つずつ工夫を重ねていけば、「ここでよかった」と思える瞬間は増えていく。
少なくとも、今の私はそう信じて暮らしています。

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