バスが壊れた朝と、娘の「おはようございます」

朝の住宅街を自転車で幼稚園へ向かう母と子のイラスト

今回は幼稚園のバスが壊れた朝の話。

連絡が入ったのは、すでにバス停まで行ったときのこと。「バスが1台壊れてしまって、30分以上遅れます」とのこと。来るかどうかも正直わからない状況でした。保育園の時間もある。双子も家で待っている。ちょっとだけ考えて、「今日は自転車にしよう」と決めました。

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毎朝の2重送迎というリアル

我が家の朝の送迎は、少し複雑です。

まず年少のお姉ちゃんを幼稚園バスのバス停まで送ります。その後いったん家に戻り、ばあばと待っている双子の弟たちを今度は保育園へ。この2重送迎が、毎朝の日課になっています。

その日はバスが4台あるうちの1台が壊れてしまったとのことで、30分以上の遅延。30分待ってもさらにどれくらい待つかわからないので、さすがに待つのは難しい状況でした。

頭の中でぐるぐると段取りを考えながら、「3人を先に保育園へ送ってから、そのままお姉ちゃんを幼稚園まで自転車で連れて行こう」と決めました。

「ママが特別に送ってあげる」

お姉ちゃんに話すとき、こんなふうに言いました。

「バスが来られなくなっちゃったから、今日はママが自転車で特別に送ってあげるね」

ハプニングを「特別なこと」として伝える。それだけで空気が変わりました。お姉ちゃんも「うん!」と笑顔で自転車の後ろに乗ってくれて、いつもとちょっと違う朝になりました。

少し遅れてしまいましたが、無事に幼稚園へ到着。送り届けたときのほっとした感じが、今でも残っています。

みんなには内緒ね

帰りのお迎えは、もともとパパの予定でした。でも仕事の都合でわたしが行ったほうがいいなと思い、少し早めに着けたこともあって、帰り道でお姉ちゃんとふたりで軽く食べてから帰ることにしました。

「みんなには内緒ね」

そう言いながら食べたおやつ。お姉ちゃんはとてもうれしそうでした。子どもって、「特別感」や「ふたりだけの秘密」がとても好きだと思います。そのあとの顔がいつもより少しキラキラしていて、こちらまでうれしくなりました。

翌朝のバス停で起きたこと

そして翌朝。いつものようにバス停へ向かうと、通りの向こう側にご近所の方たちが見えました。

いつもなら、わたしが「おはようございます」と言っても、お姉ちゃんはもじもじするだけ。それがずっと続いていました。

でもその朝は違いました。

通りを隔てたあちら側に向かって、大きな声で「おはようございます!」と自分から言ったのです。

思わず「えっ」と声が出ました。小さな体で精いっぱいの声。うれしくて、じんわりしてしまいました。これは、かなりの進歩です。

地域の温かさが、子どもを育てている

バス停にはいつも、優しく声をかけてくれるご近所の方と、幼稚園の年長さんたちがいます。毎日あたたかく見守ってもらっていて、お姉ちゃんもその空気に少しずつなじんでいったのだと思います。

バス停までの道中にも、PTAの方が旗振りをしてくださっていたり、近隣の高校の先生方が門のそばで朝の立哨をされていたり。すれ違うたびに「おはようございます」と声をかけてもらえます。

そういう温かさに毎日ふれながら、お姉ちゃんの気持ちはじわじわとほぐれていったのでしょう。昨日の「特別な自転車の朝」が、最後の一押しになってくれたのかもしれません。

子どもの成長って、気づいたときにはもうそこにある。見えないところで、静かに積み重なっている。そんなことを感じた朝でした。バスが壊れなかったら、あの特別な時間はなかったかもしれない。ハプニングをどう受け取るかで、その日の色が変わる。子育ての毎日は、そういう小さな選択の連続だと思っています。あちこちで見守ってくれる人たちに支えられながら、今日もわたしたちの朝は動いている。そのことが、とてもありがたいです。

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この記事を書いた人

KINUKOこと内山亜希
・27歳で結婚、30代で離婚。体外受精、特別養子縁組、DINKsの模索を経て、40代で3児の母に
・婚活カウンセラー/3つの結婚相談所を運営
・伴走のプロ、社会福祉士のわたしが幸せへの伏線化を個別サポートします

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